ゴースト×ゴースト小説、奇跡のドール Ⅵ

翌日リリアは日の出と同時に目覚めて、結局ずっと外に居た私に、窓から「おはよう」と声を掛けてきた。
変に気にしていたらどうしようと思っていたから、いつもと変わらない笑顔には少し安心してしまった。

それからは昨夜と同じように作業部屋に二人並んで、ベリーにあげる人形を作った。
やはり昨日のリリアは相当緊張で目が回っていたようで、今日は針で指を刺すなんてことも無いし、話すときは目を見てきた。
逆に今までより何倍も明るくなっていて、これは昨日の緊張も無駄じゃなかったなぁと嬉しくなる。

そう上機嫌にリリアの手元を眺めていると、昼に差し掛かる前くらいにはもう完成したので、相変わらず彼女の作業ペースはとんでもなく早い。

「ベリー喜ぶかな…?」
リリアが少し心配そうに聞いてきたが、私は笑って、
「リリアも私もお互い頑張ったんだから大喜びに決まってるよ!」
と、自信満々に言う。リリアは初め驚いて目を見開いたが、後ににっこり「そうだね」と笑った。

暫く笑いあっていると、リリアはその人形を差し出して「はい」と続ける。
「…あとはエグゼリアルだね。おめでとうって、言ってきて。」
リリアは、きっとそう言うだろうなと思っていたから、驚きはしなかったけど、私は少し寂しかった。
折角リリアが作ったのに、私だけであげるなんて。
勿論私もすごく頑張ったけど、でも、私のあの下手な絵を形にしてくれたのはリリアだ。
私はどうしても、リリアが行くべきだと、そう思った。

「…ねえリリア、その事だけど」
「リリアは行かないよ」
私の言葉を遮るようにして、リリアは少し、強くそう言った。
突き放されたようで驚いたけど、リリアは怯えたような顔で下を向いていたから、リリアの外への抵抗心はそれだけ強いのだと感じた。

「…リリア。一度、一度だけ、私と一緒に街へ行かない?」
あまり無理矢理連れて行くのは嫌だから、リリアが心の底から外に出たいと思うように、言葉を選ばなきゃ。

「街にはね、ベリーみたいなとっても優しい人がたくさん居て、綺麗な景色がたくさんあって…リリアが見たことのないものがたくさんあるんだよ。」
「でも怖いものもたくさんあるよ」
作った人形を不安そうに握り締める手が、小刻みに震えているのを見ると、私の意見を押し付けるだけではダメなんだと思った。
同じ目線で見るんだ。少しでも、リリアと近い景色を。

「リリアに怖い思いをさせるものは私が追っ払ってあげるから!」
「エグゼリアルが追っ払えなかったらどうするの?」
「そんなことはありえない。私は何度も街へ行ってここまで帰って来てる。それに私は神様だから絶対負けない!」

腰に手を当てて胸を張って見せると、リリアは力を入れていた手を緩めて、葛藤しているようだった。
頑張れ、声には出さないけど、リリアがここから一歩踏み出せるように、心の中で声を掛ける。

少しすると、リリアは決心したように、けれど不安そうに頷いて、いつものように目を合わせた。
「…リリア頑張る。だけどエグゼリアル、ずっとリリアと手繋いでね?」
「いいよ、喜んで。」
私がそう言って笑って見せると、リリアもやっと笑ってくれた。
うん、やっぱり笑顔が良く似合う。

じゃあ行こう、と言い掛けた所で、リリアは「あ」と思い出したように手を叩いた。
なんだか嬉しそうだったので何を思いついたのかと不思議に思ったが、リリアは作業部屋の扉の方まで走って行って廊下に抜ける前に、
「エグゼリアルは、玄関で待ってて!」
と言い残した。廊下を走る足音を聞きながら私は首を傾げたが、まあ何をしに行ったかは後に分かるだろうと思ったのでリリアの指示通り玄関で待つことにした。


今日もいい天気だなーとか考えながら外を覗いていると、廊下の奥の方からリリアの「じゃーん!」という声が聞こえる。
なんだろうと思って振り返ると、そこにはドレスから動きやすい服に着替えたリリアが居た。
「わあ!よく似合ってるね。その服、なんで…」
「人形ばっかりで疲れたとき、作ったの。エグゼリアルを驚かせようと思ってたけど、忘れてたから今着たんだよ。それにデートはおしゃれするんでしょ?」
デートって…。そう改めて言われると照れくさいけど、間違った表現じゃないしなぁ…。

そんなことより、リリアは何でも作ってしまう。それに作った人形を見ても気付き難いけど、センスがあることが服だとハッキリ分かる。
色々楽しんで作れたら便利だろうなぁ。また私も暇が出来たら練習してみようか。すぐ飽きてしまいそうだけど。

「じゃあ、行こうか。」
私が左手を差し出すと、リリアはさっきまでの不安げな表情は消して「うん」と笑って手を取ってくれた。


歩き出してしまえばリリアも楽しくなって来るようで、あの花がどうとか、この虫がどうとか、とにかくずっと喋っていた。
一人で歩いていた道が急に何倍にも賑やかになって、なにもかも全然違った場所に見えることに驚く。
この道を歩いている時の退屈で長く感じる時間は、リリアが居るだけで本当にあっという間な時に変わってしまった。


私が過去に大金を手に入れた街の入り口に足を踏み入れると、リリアは「わあ」と目を輝かせた。
「絵本はやっぱり本当だったんだ、街はキラキラしてるんだね!」
なんて、嬉しそうにはしゃぐ。それでも握った手は離さないので警戒はしているみたいだけど。
「ねえ、ベリーはどこに居るの?」
すっかり元気になったリリアは弾んだ声で私にそう尋ねた。
長い間家の中に居るリリアの姿しか見ていなかったから、太陽の光を受ける彼女はなんだか新鮮に感じる。
「ベリーは向こうのお店に居るよ。もう少し。」
私がそう声を掛けるとリリアはスキップでもするかのように前へと進んだ。

その間は、私の顔が知れ渡っていることもあって街中で多くの人と会話を交わした。
はじめは声を掛けられるだけで驚いていたリリアも、私がなんの警戒もなく話している姿が見てか、会話に入ってくるようになった。
そして、街の人間たちも彼女の純粋な瞳に吸い込まれるように親密になっていく。
会話に夢中になって立ち止まることも多くあったが、その度リリアは「ベリーに会いに行かなきゃ」と焦った様子で別れを告げていた。

すっかり街のアイドルになったリリアを少し眩しく思いながら、ようやくベリーの店に辿り着く。
緊張した面持ちで扉の前に立つリリアに「いつも通りね」と笑って、扉に手を掛けた。
一体どんな反応をするだろう、少し期待しながら見慣れた店内を覗くとリリアもそれを真似する。

「いらっしゃいま……って、あーっ!!」
店内にいた相も変わらず元気な少女な大きな声を上げて驚いた。
これは期待通りのリアクションだ、合格だな。

私はリリアと繋いだ手を小さく掲げて笑ってやる。そうするとベリーはまたも「おー!」と感嘆の声を上げて近付いて来た。
「じゃーん、彼女です」
そう告げると、リリアもニコニコと笑って「彼女でーす」と反復する。その様子を輝いた目で見ていたベリーが拍手をして私に詰め寄ってきた。
「やっぱり居たのね!それにすっごく美人さんじゃない、お似合い〜!」
そう言うので、私が自慢気に笑ってやると、隣でリリアが少し照れるようにした。
ベリーはそれを見て、今度はリリアと目を合わせる。
「はじめまして、私ベリー!」
「リリアだよ、はじめましてベリー」
笑いあう二人の顔を見て、少し安心した。ここまで来てもリリアが怯えていたらどうしようかと思った…。
そんな安堵を覚えて、暫く二人を眺めていると、リリアは待ち切れなさそうな様子であのね、と話題を切り替えた。
不思議そうな顔をするベリーに笑いかけると、ようやく私と繋いでいた手を離して、リリアは手を繋いでいなかった方の腕に下げていた籠を両手で持って胸の前まで持ってきた。
「結婚おめでとう、それと、いつも素敵な生地をありがとう。これはそのお祝いとお礼だよ。」
受け取って、とベリーの前に手作りの人形を突き出すリリアはとても嬉しそうにしていた。
そしてベリーも、目を見開きながら驚いて、その数秒後に「わあ」と口元を抑えて尚、声を漏らした。
「とっても素敵…!リリアさん、本当に器用なのね!」
そんなベリーの言葉を聞くと、リリアは不思議そうな表情で固まる。
今まで誰かに人形をあげる所か、人と会話することさえ経験の薄かったリリアが、他人から直接感想を聞いた訳で。想像以上の嬉しさに言葉を失った、というところだろうか。

心配そうにするベリーがなんだか可哀想だったので、私はリリアに声を掛ける。
「素敵って言ってもらえて嬉しかったんだよね」
そう言ってやると、徐々に頬を赤らめて「うん」と笑顔を取り戻した。
それを見てベリーも安心したようで、釣られて笑っている。

「何かお礼がしたいわ!リリアさん、何が好き?」
ベリーに意外なことを問われたので、リリアは少し驚きながらも「うーん」と唸りはじめる。
お礼も兼ねて人形を渡しに来たのに、お礼を返されてしまうなんて可笑しな話だなぁと思ったが、まあ人間の行為に下手に突っ込むのもよくないなと思ったので敢えて流した。
「そうだ!リリアさん、まだ絵本好き…?」
その言葉には、正直私が驚いた。そんな昔の話をまだ覚えていたなんて。始めてこの店に来たときにした話だと思うんだけど…。
なんて、彼女の記憶力に感心しながら二人の会話を聞いた。
「リリア、まだ絵本好きだよ」
最近読む絵本がなくなってしまったとかで、本当に人形ばかり作っていたもんな。
絵本も買ってあげればよかったかと今更後悔してしまう。
「よかったら絵本、少し貰って行ってよ」
ベリーがそう言うと、リリアは「いいの?」と目を輝かせた。
でも私はどうにも気に掛かってしまった。
「え、でもこれから子供が生まれるんだったらその子にとっておいて上げたほうが良いんじゃないの?」
絵本は本来小さな子供が読むものだし、ベリーにしてもとっておいた方が新たに買わなくて済むし楽なはずなのに。
しかしその提案には人差し指を立てて反論されてしまった。
「いいの!私の旦那さんは絵本作家だから」
おお、なんて偶然。これも私が気付かぬうちに起こした奇跡なのだろうか。
私がそんな風にぼんやりしている中、リリアは「絵本作家って?」と聞いて来た。
「絵本を描く人のことです」
と私が少し博識ぶって答えると、リリアはワンテンポ遅れて「ええ!?」と体が跳ねるほどに驚く。
絵本好きなリリアにとってはとんでもなく凄いことなのかも知れないな。

「さあ!分かったらこっち来て」
ベリーはリリアの手を引いて店の奥の扉へ手を掛けた。
元気な女の子二人の後ろ姿を眺めていると、なんだか自分がとんでもなくダメな存在に思える。

あーあ、しっかりしなくちゃ。

私は走る二人の後を、ゆっくり歩いて追った。