ゴースト×ゴースト小説、奇跡のドール Ⅸ

時が流れるのはとんでもなく早かった。
ベリーの子供が大きくなるのも、ベリーが...死ぬのも。
何度も人間が死ぬところは見てきたが、彼女が死ぬのはなんだかとても惜しかった。
リリアが隣で大泣きするものだからそれは尚更で、此方まで恐ろしく辛かった。
ただ彼女が死んだ日はよく晴れた日で、ベリーも安らかに眠れたに違いない。彼女は晴天が好きだった。

ああ、もうそんなに時が経っただろうか。私はどうすればいいだろう。
ベリーの眠る顔に視線を落としながら、縋るように考え始めた。

これからリリアもいつか死ぬ。分かっていることだ。向き合うのが辛いだけで。
私は世界の汚いところも綺麗なところもよく知っているから、考えるのだ。

私が彼女の延命を望んだなら、それはいつか神話に変わるだろう。
私達の関係もあの絵本のように誰かを泣かせるような伝説になるだろうか。


そしてまた何十年の時は過ぎ去り、また新たに生まれる命と朽ちる命がある。
リリアはそんな時が過ぎても決して心を汚すことなく、その新たな生命を慈しんだ。

…君は私より遥かに立派な神になれるのに。



そして幾百の時は流れる。私とリリアの生と死を無視したまま。
出会って数十年の時は永かったのに。どうして、こう当たり前になると時はこんなにも早く過ぎるのだろう。

私は彼女に問いかけた。
「どうして君は命を慈しむことができるの?」
すると彼女は簡単に応えた。
「命が生まれるからよ」
針が布を刺すのを、黙って見ていた。彼女の表情は慈愛に満ちた女神のようだった。
彼女にとって簡単な答えは、私にとっては酷く難解で、それはリリアにしか導くことが出来ない答えであるとも思った。
私は彼女が果てても、新たな命を慈しむことが出来るだろうか。
彼女の転生を、喜ぶことが出来るだろうか。


……私は長いこと、くよくよして、悩みに悩んで、迷い続けた。
彼女がもう、直ぐに居なくなるのに。

ああ、嫌だ。私は君のように、最後まで笑うことが出来ないかもしれない。
私は、貴女の笑う顔を、笑って見ていてあげることが出来ないかもしれない。

庭に咲く花は、出会った日と同じように美しく咲き誇る。
ここに建つ煉瓦の家は、初めと同じように、君を守っているのに。
何故、どうして君は、初めの日と同じように、永遠に私の隣には居られないんだ。

君は何故、そんなに綺麗に、笑っていられるんだ…?


私が本当のことを言うことも、彼女の死に触れることもないまま、また何日も過ぎてしまった。




しかし、その日、彼女は出会った日と同じ、花畑の真ん中に私に背を向けて、座っていたのだ。

「リリア…」
私よりが声を掛けるのと同時、彼女は立ち上がった。
僅かな花弁が宙を舞い、ぼんやりと全てが始まった日を思い出した。

…君は此処で、嬉しそうに走っていたね。今と同じ姿で。

朝日に重なる彼女の後ろ姿に、何度も瞬きをして、目を細めた。
あまりに君は眩しすぎる。初めから、君は私の手に届く距離には居なかった。

そして彼女は私に横顔を向けて、ゆっくりと、優しく、その唇を動かした。
静かに息を吸うのを、私は、ただ固まって眺めて。

「最後、かな。」

強く目が見開かれるのを、見ていた。彼女の声が私の鼓膜を揺らすのを、感じていた。
感じていながら、意味を、理解せずに居た。

「…絵本の最後の最後、エグゼリアルは読んだ?」
リリアは、その場から動くこともせず、私にそう問いかけた。
私が静かに首を横に振ると、リリアは微笑んで続ける。

「…二人は星になったの。二人の魂は種族も世界も超えて、輝くことを望んだんだよ。もう二度と逢えなくても、二人は同じ存在であることを望んだの。」

「…でもリリアはね、それを…受け止められない。リリアは、エグゼリアルと星になっても、嬉しくないよ。リリアが居なくなっても…!エグゼリアルには…リリアの永遠の神様でいてほしいから。」

「…だから最期の我儘を、言うよ。」

リリアは、花畑の中に沈んで、何かを持ち上げた。

「……この子達に、命を恵んで。」

リリアが手にしていたのは、帽子の中に収まった、金髪の天使と、茶髪の悪魔の人形だった。
間違いなく、あの絵本の中の天使と悪魔で。

「…リリア達の子供だよ、リリアがお母さんでね、エグゼリアルがお父さんなの。」
彼女の声が、弱々しく震えた。朝日に、頬を伝う涙が輝く。
どうして泣くの、私達に、可愛い子供が出来るんでしょう?
「きっと幸せにしてあげて…、リリアは、一緒に居てあげられないわ…。」

膝から崩れるリリアを、ただ上から見下げていた。
声を上げて、顔を覆って泣くリリアは、触れたら壊れてしまいそうで、なにも出来なかった。
ああ、でも、ダメだ。これが最後なら、これが最後なら、このまま何も出来ないのは、一番ダメなことだ。
私が掛けられる言葉はなんだ。リリア、君の完全な神になる為に私は、何と言えばいいんだ。

「リリア…」

「…星を、此処に降らせようか。今夜、此処に天使と悪魔の魂を、降らせようか。」

リリアの細い指が、顔から離れる。見上げる瞳が、私の瞳と重なった。
いつも眩しかったエメラルドの瞳。私の瞳も、いつかは君のように輝くだろうか。

朝日が昇る。気付かないうちに、彼女があと何千回見られると、そう言っていたこの太陽も、もうこれが最後になってしまった。
最後の始まりが、日の光とともに現れて。

その光が、永遠に忘れることのない最後の夜までを数えた。