ゴースト×ゴースト小説、奇跡のドール Ⅹ

いつもなら一瞬で終わってしまう一日を有り得ないくらいに長く感じながら、私は彼女と出来る限りの会話をした。
終わりが分かってしまえば、後はそれに合わせるだけだ。終わるまでを精一杯に生きるだけで。
だから、彼女は今日終わるなんて信じられないくらいに笑っている。

いつもと同じ会話だった。だからって、いつもと同じ明日は来ない。
甘いキャンディの話も、香る花の話も、笑う人々の話も、こんなに変わらないのに。

もうすぐ夜が来るのに。もうすぐ、星が降るのに。


外が薄暗くなって、今朝登った太陽がもう西へ落ちかけて。
リリアの声が静かになっていくのを感じた。私は何か言おうと、話を続けた。

「...もう、夜が来るね。」
「そうね。でも、リリア悲しくないわ。」
その瞳を合わせてはくれなかった。彼女は嘘を吐いている。少し切なそうに、窓の外を見つめていた。
私もそれにつられて視線を外へ投げる。
急に胸が締め付けられるように痛んだ。こんなに人との別れが悲しくて、自分は本当に神なのかと疑った。元はと言えば干渉した自分が悪い。それで尚、それは最高の選択だった。

「君に出会えて良かった、リリア。」
そう言うと、リリアは此方を向いて笑った。
「リリアもだよ。...エグゼリアルは本当にすごい神様だね。こんなリリアを、こんなに幸せにしちゃうなんて。」
語尾がだんだん弱々しくなるのを、黙って聞いていた。

沈黙が続いた。沈んでいく気持ちに比例して、その内に部屋は真っ暗になってお互いの顔もよく見えなくなってしまった。


「...リリア、おいで。」
日が沈んだのだから、星が明るいのだから、別れの時だ。
私は彼女の手を引く訳でもなく、一言だけ放って玄関へ歩いた。

リリアも少し怯えたのかもしれない。少し遅れて歩き出した。...人形達を持って。
もう二人でこの煉瓦の家で過ごす事もない。

私はどうにも苦しくて、扉を開ける手が震えた。
神なのに、涙が溢れそうだった。勇気が出ないし、この別れを奇跡でどうにかしようなんて考えも私の中にはあった。
そんな臆病でどうしようもない自分を振り切って、扉を開けた。
敷き詰められた花達を踏んで、散らして、舞わせる。

ああ、この花たちも見ている。私はするべき事をしなければ。

私は深く息をして、振り返る事もせず、静かな花畑に声を響かせた。

「...見ててね。奇跡を起こすよ、リリア。」

リリアがどんな顔をしているかも分からない。でも私は意識を集中させて、世界を揺るがす程の奇跡を生み出す為に姿を変えた。
悪魔のような羽を広げて、神の気を滾らせて。
例え、この恐ろしい姿で嫌われても仕方ないだろう。彼女の願いを叶える為だ。

空に手を向けて、願う。私が願えば、どんな事であろうと叶う。
それが、禁忌でも。

『...私は、リリアの願いを叶える』

その願いに、空は呼応して、星が強く輝き、リリアの驚く声が聞こえる。

「エグゼリアル!!」
今までに聞いた事の無いくらい大きな声で呼ばれた。でも、こんな恐ろしい姿で振り返る訳には...。

そう思った瞬間、

「...エグゼリアルは永遠にリリアの、リリアだけの神様だわっ!」

その言葉と共に、強く後ろから抱き締められた。
流石に驚いて、振り向いて彼女を見てしまう。左手には二人の人形を抱えて、右手には.....

「...リリア...」
その右手にあった帽子を、私に被せた。

「...悪魔みたいだって良い!リリアは天使も悪魔も大好きなの!エグゼリアルが悪魔なら私は天使になるわ...、そして別れが来ても.....。」

「...この子達が星になることを望んだ意味がやっと分かった。...リリア、例え消えてもエグゼリアルと一緒に居たいわ!...エグゼリアルが生きるなら、リリアは永遠に...エグゼリアルの傍に居たい...!!」

人形達に魂が集まる代わりに、リリアからは魂が抜けてゆく。
その輝きが眩しくて、しかしそれでも決して目を閉じる事は無かった。目を開けて、彼女を焼き付けていた。

そして、この姿で彼女と向き合い、彼女と額を合わせた。
いつか此処で出会った事を思い出して、思いを馳せて.....そして今日別れる事を。

「...エグゼリアル、あなたは永遠にリリアだけの神様よ。リリアを忘れないでね、ずっとずっと...どんな時も.....。」
「忘れないよ、リリア。...君は私の...、私だけの女神です。...君の事を何千...何億という時が経っても、...いつまでも愛してる。」

リリアの頬は涙で濡れていて、それでも尚笑顔でいるリリアが儚く、そして美しかった。
私も気付かぬうちに、泣いていたようだ。恐らく、初めて。

リリアと同じ感情を抱けていることが嬉しかった。同じ涙に濡れている事が、嬉しかった。

そして二人分の涙が、二人分の感情を混ぜ合って、天使と悪魔の上へと落ちた。

その瞬間に眩い光が、私達を包んで。
その光の中に、リリアの今までで一番の、綺麗な笑顔が見えたような気がした。

『......幸せをありがとう、エグゼリアル。』





...次に視界が開けた時には、もうリリアは人形へと戻っていて、自分の姿も元に戻っていた。
涙を一度拭うと、もうそれ以上は出てこなくて、なんだか笑ってしまった。
リリアの人形を持ち上げてその顔を見ると、赤く縫い付けれた口がニコニコと笑っている。
「...人形に戻っても可愛いね、リリアは。」
そう呟いて笑うと、リリアも笑い返してくれたような気がして、少しだけ寂しくなった。

そして夜であることも忘れて思い出に浸っていると、足元から急に女の子の声がした。
「.....暗いの〜...」
私の足にしがみついて見上げているのは金髪の幼い少女で、少し困ったような顔をしている。
「あ〜...暗いね、...確かに。」
驚いて大した事が言えず笑うだけの私に、後ろからもう一人の声が聞こえた。
「全く...何も見えんぞ。」
こちらは少年のようで、眼鏡に触れてブツブツと文句を言っている。

「ちゃんと奇跡は起きたね...リリア。」
私が小声でそう言うと、幼い二人は首を傾げた。その様子に私は何でもないよ、と笑って、それからまた人形のリリアに笑いかけた。

「えっと...、名前...は.....。」
あの絵本に書いてあるかもしれないと思い、私があの思い出深い家の中へ向かうと、二人も後ろをついてきた。
もう既にこの家の匂いが懐かしくて、立ち止まりそうになってしまうが、何とか歩みを止めずにリリアが作業をしていた部屋へ入って、机の上にあった絵本を開く。

「...悪魔がディセリオン...で、天使がエミュー.....」
振り返ると着いてきていた二人が不思議そうに見上げてくるので、取り敢えず名前を確認することにした。
「君はディセリオン?」
「当たり前だろう、そんな事も知らないのか。」
「で、エミューだね」
「そうなの!」
しっかりとリリアが名前の事も願ってくれていたようで、二人共自分で理解していた。

なんだか嬉しくなってまた笑ってしまう。彼女との子供かぁ...私達にも普通とは違うけど、家族が出来たんだな。
「私はエグゼリアルです。」
それを聞くとエミューはまた首を傾げて、唸った。
「...エグゼ...リ.....?」
「あは、エグゼでいいよ。長くて面倒だし君達のことも、ディーとミューって呼ぶから。」
そう二人に言い聞かせると、二人共案外気に入ったようで納得したように頷いていた。

そして、忘れてはいけないと思い、私は二人にリリアの人形を見せる。
「で、リリアは君達のお母さんだよ。覚えておいてね。」
それを聞くと、ディーもミューも目を丸くしてリリアの人形を見つめる。
可笑しい、と笑うかもしれないとは思ったが、二人は真剣な眼差しでリリアの事を見ていた。
正直驚いたが、作ってもらったと言うのは想像以上に大きな繋がりなのかもしれない。
もしかしたらリリアが何か語りかけてるのかも、なんて思ってしまう。

そう考えて微笑ましく見ていると、突然ミューがリリアの人形を私から奪って笑い出した。
「ミューのお母さん!ミューが大事にするの〜!」
ミューはリリアを大事に抱えて部屋を元気に走り回る。なんだか少しリリアに似てるなぁなんて思いながら、私は、リリアが大事にしてくれていた私を象った人形に手をかけた。
「...天界に持って帰ろう、リリアが居た証だ。」
そう呟いて、絵本と共に持ち上げる。すると、ディーがすぐさま私の人形を私の手からひったくった。

「あれが母親と言うならお前は父親なのだろう。仕方ない、我が大切にしてやる。」
ディーがそう笑って、人形の片腕を持ってその手からぶら下げた。

ミューに比べ、ディーはどうも素直じゃないようで、本当に真逆の天使と悪魔が私達の子供になってしまった。
リリアが私に遺したものは本当に大きく、大切で、愛しかった。

「...これは悲しみより、幸せが勝ってしまうな〜。」
私は外に出ようとする子供たち二人の背中を見つめて、少し声を漏らして笑った。

二人を遣いだと言えば、きっと誰も怒らないだろう。

...今回起こした奇跡が、とてもバレてないとは思えないけど...。


私は思い出深い、煉瓦の家を後にした。

それは永遠を感じるほど永く、花が枯れるように儚い、奇跡とドールの恋だった。