ゴースト×ゴースト短編小説、光と影

影は、ただ空を見て呆然とした。
あまりに多くのことが一気に起こった為に、それについていけていない様だった。
体は動けば所々軋んで、動けたものではない。だから此処でただ誰かの助けを待つしかなかった。
嘗て、助けられることが嫌いであった影は、それにもまた、強い不快感を抱いた。

無駄に空は晴れているし、それにもまた苛苛と感情が募る。
だから溜息をついてまた同じように空を仰いだ。

すると、誰かが上から、影を見下げた。
それは太陽との逆光で、黒く闇に染まっていた。
嘗て光だった影が、嘗て影だった何かを見下げている。
「...なんか用かよ」
影がそう問うと、光は自信をなくすようにしゃがみ込んで目を伏せた。
特に言葉を発する訳でもなく、そこに居座った。
影が動けないのを良いことに、光はそこに、何も言わずに居座った。
「...なんだ、喋れねえの...、赤ちゃんに逆戻りか?」
口元は腕に隠れて見えず、虚ろな瞳だけが見えた。
濁った蒼の瞳が、何処か此処ではない遠くを見つめていた。
「見てたってわけ?」
そう尋ねると、光は小さく身をすくめた。
影はもう他人の感情を見ることは出来ないが、光が光を失いつつあることは理解出来た。
「別にいいじゃん、あんたがめった刺しにされた訳じゃねえんだし」
今回は影が傷付いただけだ。光が傷付くことは、何も無いはずだった訳で。
「...何とか言えよ」
光はなにかと混乱して、思い出すべきことと忘れるべきことを理解出来ずにいる。
影に簡単に出来ることが、光にはただ難しかった。

「...あんたらの愛ってなんだったんだ?」
「多分今なら理解出来るんだ」
「けど、あんたらの愛はどっからどう見ても醜いよ」
「俺が嘗て愛に嫉妬してたとしたら、俺はなんて勿体無いことをしたんだろうな」

光はどんな話も、黙って聞いた。
何も言えなかったのだ。自分の意見は自分だけのものであるから。
その分、影は話し続けた。今の感情が気持ち悪いだとか、人間の生活が分からないだとか、空が晴れすぎて気分が悪いとか。
動けないから、ただ自由に話し続けた。
グダグダと、どうでもいいことを話し続けた。
光は光を思い出すこともないまま、黙ってその話を聞き続けた。

「あんたどうしちゃったわけ?それは逃げてんのか向き合ってんのかどっち?」
何を聞いてもだんまりなのは知っていたが、影はもどかしくなってそう言った。
「...別に喋れねえのはいいけどさ、あんたの話が聞きたい訳じゃねえし」
「折角人間になったから言うけど、そのままうじうじしてたってなんも変わんないよ」
「俺はそう言うの、すげえムカつく」
影はその言葉で、光が逃げ出すと思っていた。
しかし光は逃げなかった。聞いてないのか、受け止めているのかは知らないが。

「...なんでもいいけど、俺に縋るんだったら助けてやってもいいよ。つーか、二人で復讐の手段考えるんだったら付き合ってもいいって話」
ただ、光は復讐を望んでいるのか、自分でも分かっていなかった。
影はもう、他人の感情を読むことは出来ない。だから、光が真に望むことがなにか検討もつかなくて、それにもどうしようもないもどかしさを覚えた。
「...それに復讐だけじゃなくてもいいよ、俺達がさ、...なんていうか...納得いく結果を探すんだ」
光が手を握りしめているのが分かった。話したくないのか声が出ないのかも、また分からなかったが、光が話を聞いていることは伺えた。
「さあ、どうする?」

暫くの、長い沈黙だったと思う。
人は運命を背負った選択をする時、本当に、無駄に長く考えると、影は知っていた。

その内に光は頷いた。

強くではなかった、とても弱く、不安に満ちた表情で。
もう他に縋るものがないから、仕方なく、覚悟を決めて頷いた。

「はい、じゃあ決まりね」
それに応える訳でもなく、影は容易に答えた。

「じゃあこれからは困ったらお互い様ってやつなんで、今から俺を安全な所に運んでくださ〜い」
影は寝転んだままにそう言った。動けないのは確かだったので、それは影なりの救済を求める声だった。
それに光はようやく驚いたように少し顔を上げて、目を見開いた。
「......い、意味...分かんないし...」
注意深く聞いていなければ聞き逃すほどの声で、光はそう反論した。
ようやく発せられた言葉に影は満足そうにニヤニヤと笑ってからかうように言った。
「ダメダメ、俺みたいな子供も運べないような体力じゃ、このソウルと協力なんて出来ないよ」

影がそう言うのを困ったような顔で見つめて、光はやっと立ち上がった。
「......落ちても...、知らない......から」

光はそう拗ねたように言うと、影に手を伸ばした。

そして、影と光は初めて、手を取り合って、向き合った。

光と影の運命は、此処で大きく、変化を遂げた。