ゴースト×ゴースト小説、奇跡のドール Ⅷ

リリアはあの後から、少しずつ笑顔に影が見えるようになった。
死という概念の存在に気付き、そして別れの恐怖を知った彼女が可笑しくなっていくのを何処かで感じた。
確かに、元気にしてくれてはいた。私に心配を掛けたくなかったのかもしれないし、自分の感情を誤魔化す為かもしれないけれど。
こういう時、私は何が出来るだろう。

永い時だった。確かに彼女と過ごす時間はどんな人間と過ごすより永かったのだ。
そして、きっとこれからも永く続く。そう信じている。




ベリーは無事に運命の相手と結ばれ幸せに暮らし、何れ子供も生まれた。
それを聞いたときは私もリリアもたいへん喜んで、二人で見に行った。そして新しい命をただ見つめて笑っていた。
リリアも、幸せに生きるのよ、と。たくさん笑って生きるのよ、と。

私はそれを黙って見ていることしかできなかった。
ああ、どうしてかと、何故こんな気持ちになるのだろうと。私には出来ないと思ったのか。
これから命を失うことを知った彼女の、気持ちに触れることなど…。

ベリーに元気ないね、なんて心配を掛けてしまったから、相変わらず「何でもないよ」なんて笑って。
それを見てリリアも同じように笑って、「さっき躓いたからでしょ」とか、長いことぼーっとしている私のミスを指摘した。
なのに、折角しっかり話すならベリーの居ないところでなければなぁ、と甘えて。
いつもの通り「あれは恥ずかしかった〜」とかふざけたことを言った。

私はこれでいいんだ。リリアが私に真実を知られぬままに世界から去ることを望むなら、これ以上詮索する気もない。
私が彼女の一生に触れてしまったことだって、私の我儘だったのだから。
だから、私がリリアに強要出来ることなんて何もないし、してあげられることだって…。

そんなことを考えると、また暗い顔になってしまうから、何とかいつも通りに笑った。

私は知っている。リリアもベリーも、この街の人々も、世界中の人間も、私を置いて死んでいくことを。
…だったら何、という話でもないけれど。


あの後、私達は来る時と同じ道を引き返した。
沈む太陽はオレンジ色に輝いて、その内に世界に闇を連れてくる。
リリアに掛ける言葉が見当たらずに、その夕日を見てばかり居たら、隣を歩いていたリリアが急に足を止めた。
彼女の顔は太陽の色に染まっていて、それもまた言葉を失う程に美しい。

「ねえエグゼリアル、リリアは後…何回この夕日を見られるかな」
そんな悲しいことを言わないで。そう言うか、どうかな、と笑うのがいいのか分からなかった。
迷っている内にリリアの話は進む。唄うように、慈しむように。
「きっとまだまだある。何千日もあるよ。リリアはそう思うの。」
瞳を閉じると長い睫毛がよく見える。
そして大きく手を広げた。世界を優しく包むような、そんな笑顔で。

「リリア、生まれてよかった。この世界はとっても綺麗なの。エグゼリアルが居るこの世界は、美しいの。生まれて来たから生きるのよ、生きるから死ぬのね。この世界はそうやって廻るんだわ。花も海も空も生も、みんなそうなんだね。」
ああ、なんて声で言うんだ。そんなことを歌うんだ。
私は目の奥が途端に熱くなるのを感じながら、エメラルドの瞳が開かれるのを黙って見つめていた。

「…でも、リリアの最期の時に、お願いがあるの。」

夕日に向かっていた顔が此方を向いて、私を射抜く。
君がそんなに見ていては、泣くことも出来ないじゃない。

「今は内緒だよ。リリア、まだ我儘言わないの。」

真剣な彼女の眼差しに、何度も心臓が脈打つのを感じた。
きっと何でも叶えるだろう。私はダメな神様だから、リリアの願いならどんなことでも叶えるだろう。

だから私は笑って応えるんだ。

「貴女が望むなら、私はその時まで待ちましょう。」

君が望むなら、世界を壊す約束をしたって、君が神になる約束したっていい。
私は常に君が望む理想を叶えよう。君の為の奇跡でいよう。
それが願いで真実で。その真実が綺麗なものかも分からない。

君は私をダメにする。私は君に全てを捧げてしまいそうだよ。

「良かった。」
リリアがそう、いつものように笑ってくれるのが嬉しくて、何もかも嫌なことを忘れたような気分になった。
じゃあ帰ろう、と、腕を引かれることを当たり前だと思うことが、どれだけ危険なことかなんて分かっていても。

私達に子供は生まれない。私達に共に歩む選択肢はない。
ただ、その運命を望んだのも自分達で、その世界を許したのも自分達だった。

なら、後悔も意味のないこと。ただ歩こう。全てが終わるその前に、私達が出来る全てをしよう。
君が終わるまでに、私は君に最高の幸せを作ってあげなければいけない。

だから、だから、どうか終わりまで君は立ち止まらないで、笑っていてはくれないか。

夕日は沈んで、夜の闇と輝く星を連れてきた。